「なぜ、そんなことをしたのか?」

  と問い詰めるのではなく、

  「本当は、どうしたかったの?」

と訊くのだ。

わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: 娘親限定「女の子が幸せになる子育て」

私の本業である悩み相談室は、ほとんどこれでできています。

相手が好きな人でも貫くべきですかねぇ。べきですよねぇ。つらぬきましたよ。えぇ。 2009-03-16 (via plasticdreams, kotoripiyopiyo) (via reservoir) (via henachoko) (via layer13)

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彼と一生添い遂げたいなら、ひとつ心に留めておいてね。

人は変わる。悪い意味じゃなくて、全く成長しない人生なんてつまらないでしょ? 新しい経験をして、新しい視点を得れば、人生はどんどん豊かになってゆく。自分が変わりたくなくても、周囲が変わってゆけば関係は変わらざるを得ない。

望むと望まざるとにかかわらず、人は同じ場所に立ち続けることはできないんだ。

だから、パートナーとずっと一緒にいる、っていうことは、パートナーとの関係がずっと変わらない、っていうことじゃない。全く逆なんだ。常に、パートナーと新しい関係を築いてゆくこと、お互いの歩調を合わせて、同じ方向に成長してゆくこと、相手が変わるのに合わせて自分も変わってゆくこと、なんだね。

別れてしまう人達がいつも、考えが浅くて付き合っちゃったっていうわけじゃない。それぞれの人生の旅の、あるひとときにたまたま道程が重なったってこともある。それはそれで、真剣な関係があり得るけれど、最終的な旅の目的地が違っていたら、やっぱり別れざるを得ないんだよ。でもその一時期に一緒に旅をしたことっていうのは、無駄ではないんだ。それが無ければその後の人生もありえないんだから。

若い頃に、何十年も後の自分人生の旅を想像するのは難しい。むしろ想像がついちゃう人生なんてつまらない。そんな時に、一生一緒に旅をしてゆける人と巡り会えるのは、ひとつ奇跡みたいなものだ。大事にね。

“どんなに障害が大きくても、まっとうな方向が示されたらみなさんがそれを選び、世の中はそっちに動いていくはずだ。私が対象としているのは200~300年後の人間。200~300年後の人間に恥ずかしくない論文を書きたい”
“話は逸れるけど「子供が見たらどうするんだ」っていうクレームがあるじゃない。でもそれを聞くたびに私は,「見ないことで子供が現実を知らないまま育ったらどうするんだ」って,クレームを返してやりたくなるわ。子供が見たらどうするんだってそんなもん,見たときに親がどういうことを教えるかにかかってるわよ。それが教育ってもんでしょうが。教育放棄をするな,と。”
“デパートで。若いお母さんが小さな女の子を叱ってる。泣きわめく女の子の目を静かに見据え、なぜ叱るのかを丁寧に説明してる。うん、これが本当の「叱る」なんだ。「怒る」と「叱る」は違う。教育でも議論でも感情をあらわにしたら言葉は届かない。ただの自己満足だ。お母さん、その子は幸せ者ですね。”
“イケメンがもともとはゲイ用語だってことを僕は片時も忘れたことがない”
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wareratoki:

うさぎ苔、という名前らしいです。
いと可愛らし。

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うさぎ苔、という名前らしいです。

いと可愛らし。

“何年か前に小学4年生が社会の授業で工場見学に来た時に、「嘘をつくと嘘をついた事を覚えておかないといけないので、そんな面倒な事をせずに正直に作っているんですよ。」と言ったら全員うなづいてたなあ。”
gatoscastoresepatos:

Patiently waiting for lunch.
Photo by c♻

gatoscastoresepatos:

Patiently waiting for lunch.

Photo by c♻

 今からおよそ200年前、世界最大の都市といわれた江戸の町で、互いに気持ちよく暮らすために生まれた「江戸しぐさ」は、言葉遣いをとても大事にしていました。もともとが商人のしぐさなので、どんな身分の方にも失礼がなく快い言葉遣いを大切にしています。感情を逆なでするような言葉遣いは、心を乱し、いじめや争いごとをまねくため、やってはいけないしぐさとされていたのです。

 江戸しぐさは生活哲学。その会話術も、今の時代に通用するものばかりです。

■戸閉め言葉

 「でも」「だって」「しかし」「べつに」「そうは言っても」などと否定して、人の話を途中で遮ったり無視するような言葉で相手をシャットアウトしてしまうことから「戸閉め言葉」といいます。

 人の話を最後まで聞かないことは失礼にあたり、謙虚さを大事にする江戸しぐさでは、自己中心的な人とみなされたそうです。

 また、自分の話を聞いてくれない人を本能的に避けてしまうため、「戸締め言葉」は相手の言葉を受け入れないばかりか、相手の心を閉ざしてしまう言葉なのです。

■水かけ言葉

 人が気持ちよく話をしているのに、「それがどうした?」と冷や水をかけるような冷たい言葉や、「そんなこと知ってるよ」と小馬鹿にしたり、けなすような言葉を「水かけ言葉」といいます。

 誰とも付き合わずに暮らしていくことはできませんから、話の腰を折り、人間関係を壊すようなことは慎むべきで、たとえ自分とは縁遠い話題であっても、その場の雰囲気を壊さず聞いているのが、江戸の人々の心得とされていました。

■刺し言葉

 「刺し言葉」とは、「だから?」「はーっ?」など、会話を断ち切ってしまうような言い方で人の感情を逆なでしたり、とげとげしい言葉遣いのことで、「胸刺し言葉」ともいいます。こうした言葉が出てくると、会話を続けたいという気持ちもうせてしまうでしょう。

 また、「あなたが悪い!」「どうせ他人」のような、反論の余地もないような断定的な言い方も「刺し言葉」とされ、その場の雰囲気だけではなく、人間関係も壊しかねません。

■手斧言葉

 手斧(ちょうな)とは、木材を粗削りするための斧のこと。「うるさい」「馬鹿野郎」「殴る」「殺す」といった乱暴な言葉遣いを「手斧言葉」といい、言ってはならない言葉の凶器とされていました。

 ただし、江戸の人たちは、そんな乱暴な返答をされるようなことを自分がしたから、そのつけがまわって来たんだととらえ、「手斧言葉」は言われたほうにも非があると考えていたそうです。